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脳内会議

考え事が好きな人の頭の中身

優しさについて本気出して考えてみた

身近な人が友人と『優しさとは何か』という討論をしていると聞いて羨ましく思い、私も同じ議題で討論をすることにした。

 

一人で。脳内にいる複数の私たちと。

 

 

初めに結論から

初っ端から私なりの結論を言うと

 

【正解はない】

 

この一言に尽きると思う。

 

当然と言えば当然の結論なのだが、なぜその結論に至ったのかは以下に記す。

 

 

認識の違いを認識する

まず初めに、「優しさ」の定義は人それぞれ違うという事を認識していなければならない。

 

 

例えば、「相手の言い分などをすべてまるっと受け入れる」事が優しさだと思ってる人もいれば

 

 

「相手が幸せである為に、間違った方向へ進もうとしているなら苦言も呈す」事が優しさだと思っている人もいる。

 

 

みんながみんな優しい=○○と言う方程式を持っていたとしても、その○○の中に入るものはそれぞれ全く違うものであるという事を認識していないと、様々な場面ですれ違いが起きるだろう。

 

 

ギブとテイクのすれ違い

上記の例で話を進めよう。

 

今ここに優しくされたいAさんがいる。

Aさんの優しさの定義は「すべてを受け入れてくれる」ことである。

 

そしてここに優しくしてあげたいBさんがいたとしよう。

Bさんの優しさの定義は「時に苦言も呈する」ことである。

 

 

この二人が一緒にいて、果たして優しくされたいAさんの「優しくされたい欲」は満たされるだろうか。

 

 

きっと答えはNOだ。

 

 

なぜなら、この両者の持っている「優しさ」の定義が異なるからだ。

 

 

A「優しくしてほしいのにどうして優しくしてくれないの!?」

B「優しくしてるつもりなのにどうしてわかってくれないのだろう…」

 

 

きっとAさんもBさんも悩むはずだ。

 

 

すれ違いを埋める努力

ではどうすればいいのだろうか。

 

 

ここで初めにあげた「優しさの定義はそれぞれ違う」という事を思い出さなければ一生解決策は得られないだろう。

 

 

それぞれ定義は違うのだ。

違う事が良いわけでも悪いわけでもない。

ただ、違うのだ。

それを理解し合わなければならない。

 

 

そしてその違う事を理解し合い、お互い何を持って優しさと認識しているのかを確認し合わなければならない。

 

 

「あなたが思う優しさとは一体なんなのか?」

 

 

これを聞きだし、知ればいいだけの話なのだ。

 

 

作り上げていくもの

お互い何を持って優しさと定義するのかを知りあえたら、ゴールはもう近い。

 

 

もしお互いが持っている優しさの定義に相違があるのであれば、相手が求めているものをよく理解し、それを与えればいい。

 

 

相違がある事を理解したのであれば、自分の持っている定義とは違う優しさに気が付き、受け取り、感謝すればいい。

 

 

これで万事解決だろう。

 

 

優しさとはなんなのか。

答えなど存在しない。

 

 

それは当事者同士が互いに理解し合い、作り上げていくものである。

 

 

【優しさ=○○】

 

 

この方程式がどこででも通用するような確固たる答えはどこにも存在しないのだ。

 

 

それを踏まえ、互いが理解し合い作り上げていくものが優しさなのであろう。

 

 

本当は

誰かを大切に想い、その人の為に何かしたいと思うその気持ちそのものが優しさなんだよね。

その形がどんなに無様で歪であろうと、その想い自体が優しさであるという事、まずその事を忘れてはいけないなと思った次第。

 

以上、本日の会議はこれにて終了。

おつかれさんでした。