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脳内会議

考え事が好きな人の頭の中身

役にも立たないし薬にもならない話

今日のはまた、とんでもなく長い独白で、暗い内容を存分に含んでおります。

読んでも誰の得にもならない内容ですので、そっ閉じしてくださいね。

 

*****

 

ちょっと最近ごたごたしていて、心身共に落ち着きのない日々を送っています。

そんな毎日の中で、考え事が好きな(というか癖になってる)私は色々考えているわけなんですが。

 

私はもともとネガティブ要素の強い人間で、いつからそうなってしまったのかを思い出そうと思ったんです。

過去を振り返ると、明確に覚えているのは悪い記憶ばかりで、どうしてこうも嫌なことに固執してしまうのかほとほと呆れてしまうほどです。

 

その中でも鮮明に思い出したのが、小学生の頃のこと。

私はクラスメイトに無視をされていて、まぁ要するにいじめだったのですが、その時期本当に辛くて、毎日地面を見て歩いていた事を思い出しました。

地面を見て歩いていたので、前が見えていなかった。だから電柱にぶつかった。

人とぶつかったと勘違いした私は電柱に「ごめんなさい」と謝った。

顔をあげたらそれは電柱で、恥ずかしいやら悲しいやら虚しいやら、そんな思いを抱えた記憶があります。

 

あの頃から、いや、もっと以前から、私は極端に自己肯定感が低い人間でした。

だから小学生くらいから、私はもう、人生を終わらせて、私と関わった全ての人の記憶を消して、私が生きてきた痕跡をすべて消して、この世から消えてなくなりたいと願っていました。

 

この自己肯定感の低さは一体どこから来たのだろうと考えると、それは両親との関係が強いだろうと思います。

 

我が家は表面的には割と幸せな家庭でした。

でも、家庭内に不穏な空気が漂うことは少なくありませんでした。

 

私は両親の喧嘩を今までの人生で一度たりとも見たことがありません。

それを聞いた人は大概「ご両親は仲がいいのね」といいます。

でも実際は違います。

 

私の父は怖い人でした。

躾についてもそうでしたが、それ以上に自分の気に入らないこと、思い通りにならない事があるとすぐ怒る、怒鳴る、という怖さがありました。

特に父は小さな子供が好きでは無かったので、私がきゃっきゃと騒ぐ声や泣き声などが鬱陶しかったようです。

常に不機嫌でした。ムスッとしていました。何者も近寄らせないような雰囲気をいつも出していました。

 

一方母はと言うと、決して物静かなタイプの人間ではないものの、父を怒らせると厄介だということを心得ていたので、私がきゃっきゃと騒いだり泣いたりすると「んっ!しなさい!」(訳:我慢しなさい)と言う人でした。

 

そんな環境下にいたせいで、私は人の顔色を伺う事が上手くなり、我慢する強さを覚えました。

これはどういう事かというと、要するに「子供らしさ」に欠けた子供になったのです。

 

この二つを手にした私は、常に人の顔色を伺い、何か嫌なことがあってもまずは我慢する人間に育ちました。

そして、感情の出し方が分からない人間になりました。

 

感情の出し方が分からない。

これは、健全な人間である為にはとても致命的です。

 

感情は確かにここ(心の中)にあるのに、それの出し方がわからない。

そうするとそれらはどんどん溜まっていく。

溜まりに溜まったそれらは心の中で爆弾となって、限界を迎えたときに大爆発をする。

大爆発した私は感情の止め方も分からず、起爆させた原因(友人や恋人)を突き放す。

その繰り返しでここまで来ました。

 

今まで大切な関係をいくつも壊してきました。そんな生き方しか出来ませんでした。

 

それでも私は馬鹿ではありませんでしたので、いい加減これではダメなんだと気が付きます。

今から5年ほど前でした。

私はそこから心理セラピーの知識を身につけ、実際自分がセラピーを受けたりして、初めて人生に変化が見えてきました。

 

自己肯定感の低さは今も平均よりは低いですが、それでも以前に比べるとだいぶ上がってきました。

感情の出し方がわからなかった私は、そもそも自分の感情を感じ取る事が出来ていませんでしたが、最近はそれも出来るようになってきました。

 

少しずつ少しずつ、快方に向かってきています。

 

でもやっぱり完ぺきではない。

だから事あるごとに問題を起こしてしまう。

中でも問題を起こしやすい関係があります。

それは「恋愛関係」

 

親子関係で出来た拗れや傷つきは、恋愛関係で再現しやすいのです。

それはなぜかというと、親子同様、心の距離が近いから。

 

私は今までそれで何度も失敗をしてきました。

勉強やセラピーを受ける前はなぜ恋愛関係が上手くいかないのか原因が全く分からず、とにかく私の頭がおかしいのだ、相手の頭がおかしいのだ、等と自分を責め相手を責め、頭を抱えていました。

 

でも、最近顕著になったことが一つあるのです。

 

前述したように、私の父は怖い人でした。

そして「小さな子供が好きではなかった」のです。

 

きっと父本人に言わせれば、娘に対して愛情を持っていたのだろうと思います。

でも、その態度や言動を見る限り、幼い私には愛情を感じ取ることが出来なかったのです。

 

【私は愛されていない】

 

それがずっと根っこにあった事を最近になって気が付きました。

 

本当はお父さんに愛されたかった。

抱きしめて欲しかったし、頭を撫でて欲しかったし、笑顔を向けて欲しかったし、そうやってたくさん愛情を与えて欲しかった。

無条件で受け入れて欲しかった。

 

それが受け取れなかったことが、私の自己肯定感の低さの根源だったかもしれない。

そのことに最近になって気が付きました。

 

そして、父から得られなった愛情を、たぶん私は、今までの恋人たちから得ようとしていた。

たぶん、そのせいで、今までたくさんの関係を壊してきた。

これに気が付かなかったらたぶん、これから先もたくさんの関係を壊し続けるだろうと思う。

 

でも、気が付いた。

気が付いたから。

 

私はここから何かを変えられるような気がします。

 

私の自己肯定感の低さも、これからまた少しずつ上昇していくはず。

それは、お父さんに愛されたかった事実をやっと認められたから。

 

本当はこの気持ち、なんとなく気が付いていたんです。でも見て見ぬふりをし続けていたんです。

その気持ちと向き合うことは、私には辛くて怖すぎたから。

 

でもやっと愛されたかった事実を認めたから、多分これから、何かを変えていけるはず。

本当はお父さんに愛して欲しかった胸の中にいる子供の自分を、自分で愛してあげようと思います。

 

相変わらず私は自分の感情の上手な出し方が出来ないし、すぐに否定・拒絶された気持ちになってしまうし、すぐに絶望してしまうけど。

たぶんその問題の根源をやっと掴んだから。

今、気持ちは割とどん底だったりするけれど、私の目の前にある道に明かりが刺してきてる。

この明かりを見失わないように、少しずつ前向いて歩こうと思います。

 

えっと、結局のところ何が言いたかったのかはわからないけど、最近考えたあれこれと、感じたあれこれをつらつらと書きました。

 

これで以上です。

今日もまた、這いつくばって生きていきます。

では。