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脳内会議

考え事が好きな人の頭の中身

正しさとは

小鳥がさえずる場所で、だいぶ呟いたりしていたのだけれど。

先日、モラハラにあった。

モラハラにあった、と言っても、私はモラハラがどういうものなのかを理解しておらず、指摘されて初めてそれと理解したのだけれど。

 

そんな事があって、その出来事から感じた事、思った事を少し書き連ねようと思う。

 

モラハラとは『倫理観の(モラル)嫌がらせ(ハラスメント)』だ。

モラル・ハラスメントとは、言葉、態度、文書などによって継続的に人格や尊厳を傷つける精神的ないじめ・嫌がらせです。1990年代の後半に、フランス人の精神科医マリーフランス・イルゴイエンヌが使い始めた言葉であり、その最大の特徴は、「静かに・じめじめと・陰湿に」行われることといえます。

モラル・ハラスメントとは? - ハラスメントに負けない職場の作り方ハラスメントに負けない職場の作り方

 

 この説明にある通り、相手の人格や尊厳を傷つける行為の事を指す。

 

さて、私が経験したことをものすごく端的に言うと

「貴方は間違っている、私の言っている事が正しい」

「私の言うとおりにしなさい」

「私を尊敬しなさい」

「あの人もこの人もこうなのに、どうしてやらないの?」

「貴方の為にこんなにしているのに」

 

などなど、こうしてみると本当にモラハラかつ自己愛性障害が垣間見れる感じの事を、グループチャットで延々と言われ続ける、という事を体験した。

 

事の詳細は割愛するとして、このモラハラさんは終始「自分が正しい」「自分はすごい」と言う事を主張している様に見えた。

 

この事に関して、感じた事がある。

 

このモラハラさん、実は今までも色々な人に対して、今回と同じようにモラハラをしてきていたのだ。

 

私はその中身を知ら無かった為、外野的に見ていると「モラハラさんは人の為を思ってとても親切にしている」様に見えていた。

だから正直、このモラハラに耐えかねて去って行く人たちに対して「どうして逃げるんだろう?せっかく親切に指導してくれているのに」何て事をのんびりと思っていた。

 

しかしそれは大きな間違いだった。

その時見えていなかった内側では、こんなことが起きていたのだ。

これは逃げるに決まってる。

モラハラさんは「自分が正しい」という事を曲げようとはしないのだから。

 

この【自分が正しい】という主張に、今回ものすごい恐ろしさを感じた。

【自分が正しい】というのは【自分以外は正しくない】とほぼ同義ではないだろうか。

それはすなわち、自分以外は受け入れないという事に他ならないのではないだろうか。

 

自分が正しいと信じる事で、ある意味自分を保っているのかもしれない。

でも、自分が絶対的に正しい、何てことはあり得ない。

見る視点が変われば

見る人の感情によっては

その人が持っている感性が変われば

どれも正しいし、どれも正しくない。

 

その正しさは自分にとっての正しさでしかなく、誰にでも共通するものではないのだ。

私にとっての正しいは、貴方にとっての正しいではないかもしれない。

貴方にとっての正しいは、私にとっての悪かもしれない。

それは絶対に忘れてはならない事だ。

 

これを忘れてしまうと、衝突しか生まなくなってしまう。

それはそうだろう。

「私が正しい」と言っているその内容に納得いかず、自分の意見を言ってみようものなら、きっと10倍にも100倍にもなって「自分の正しさ」を主張されるのだ。

言われた方はどうだろう。

うんざりして、もう何も言いたくなくなってしまう。

 

もしこれが「私が正しい」を曲げない人同士の衝突だったら?

永遠と話は平行線。ずっと折り合いがつかない。

「私が正しいのに、どうして相手はそれが分からないんだ。どうしても分からせないと」

きっとお互いにそんな事を思いながら、お互いぶつかり続けるのだろう。

 

想像しただけでぐったりしてしまう。

 

こうやって「私が正しい」という主張をしている人は、要するに「人を受け入れない」為、どんどんと人が去って行ってしまう。

 

このモラハラさんもそうだ。

私と同じようにモラハラをされた人たちは、みんなこぞってその人の元を去って行っている。

そして、その去って行った人たちに対して、モラハラさんはこういうのだ。

「私は間違っていない。私はみんなの為にここまでしたのに。」と。

その原因が自分にあるとも疑わず、溜息をつくのだ。

 

「自分が正しい」

そう思う事は悪い事ではないと思う。

正しいと思うその気持ちは、ある種の信念にもなるだろう。

しかし、その正しさは本当に自分の味方になっているだろうか?

その正しさが武器にはなっていないだろうか?

もし「自分が正しい」と言う気持ちを曲げる事が出来ずに、人と上手く関係を作れない事があったなら。

一度その正しさを見直した方が良いだろう。

 

正しいで人は幸せになれない。

正義は人を裁く武器となる。

その事を忘れずに居ようと思う。

 

今日の会議はここまで。