脳内会議

考え事が好きな人の頭の中身

愛とはなんだ

最近バイトをしはじめて、色々あってバイト先まで2時間かけて通っている。

朝は7時台のそこそこ混んでいる電車で移動をするのだけれど、だいたい座る事が出来ないので移動時間がとても暇。

 

そこで最近行きの電車ではオーディブルを活用している。

オーディブルっていうのは、要するに音声で聴く本って感じ。

 

本だと初めての分野のモノはなかなか読み進められなかったりするけれど、音声だと半強制的に情報が入ってくるので、今まで触れる事が無かった分野の本を聴いて楽しんでいる。

 

その中でとても気に入った本があった。

ソクラテスに聞いてみた』と言う本だ。

 

主人公が現代にやって来たソクラテスと対話をしながら、哲学をするという内容だ。

 

その中で「愛」を定義する話があった。

私はこの話を聞いたとき、その内容がスーッと自分の中に入り込みなじんだ感覚を覚えた。

それはとても優しく暖かく、とても安心する気持ちになれたので、今日はそれを書きたいと思う。

 

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話は主人公が「愛を誓う」という事に疑問を持ったことから始まった。

「愛」を「誓う」と言うのは一体どういう事なのか?

もしかしたらいつか他の人を好きになってしまう可能性があるのに、愛を誓うのは不誠実な事にはならないのか?と言う事に疑問を持ったらしい。

 

ソクラテスはまず愛とはなにか、を説明する前に、「恋」について定義をしようと話始めた。

 

ソクラテスは問う。

「君は恋を【する】だとか【やめよう】という選択が出来るかい?」と。

 

主人公は答える。

「それは、出来ません」

「もし恋を【やめよう】と思ってやめられるのなら、誰も失恋で苦しんだりはしません」

 

ソクラテスはそれに同意する。

「やめようと思ってやめられ無い、したいと思ってすることが出来無いのが恋だとして、それが自分の意志とは関係なく起こる事であるならば『恋は行為ではなく出来事』と定義が出来るね」

「人は、例えば禁煙やダイエットの様に自分の【行為】に誓いを立てるのであって、意思と関係なく起こる出来事には誓いを立てる事は出来ない」

「では、君は『好きな人を笑顔にする、大切にする、慈しむ、喜ばせる』という事を自分の意志ですることが出来るかい?それとも恋と同じように、自分の意志とは関係なく起きる出来事だと思うかい?」

 

主人公は答える。

「それは自分の意志で出来ると思います」

 

ソクラテスはうなずく。

「という事は、これらの事は「行為(事柄)」に属することなんだね?」

 

「はい、そうだと思います」

 

「それなら。これらは恋に属することではなくなるね。

さっき君は、恋は「行為」ではないと定義したのだから。」

「であるとすれば、『相手を笑顔にする、大切にする、慈しむ』などの行為をひとくくりにして、一体なんと呼べば、これらの事柄を正しく名づけたと言えるだろうか?」

 

主人公は少し考えこう答える。

「それが愛、でしょうか」

 

ソクラテスは言った。

「素晴らしい答えだ。」

「恋と愛の違いは、君がさっき言ってくれたように、恋は状態であり、愛は行為であるという点にあると言えるだろう。」

「だから恋に誓いを立てるべきではないけれど、愛には誓いを立てることが出来るし、大切に想う人がいるならば、むしろ誓うべきだと僕は考える。」

「僕は愛を誓う事は人間が成しうる最も美しい事の一つであると思う。

恋はいつか冷めてしまうものだ。だから僕たちは家庭の幸福を永続的にするために恋を愛に昇華させる必要がある。

そのために、愛の誓いと言うものがあるのではないだろうか」

 

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かなり簡略化したが、こんな内容のモノだった。

 

要するに愛は「行為」であり、自分の意志で成しうる事であるとソクラテスは語ったのだ。

 

私は今まで「愛とはなんだろう」と考える事が多かった。

なんとなく感覚として掴めても、輪郭がぼんやりとしていて

「これは愛と呼べるのだろうか」

「きちんと愛せているのだろうか」と不安になる事が多かったからだ。

 

でも。

このソクラテスの理論的な愛の定義を聞いて、胸のうちがスーッと晴れたような気がした。

 

今まで輪郭がぼんやりとしていた私の「愛」とやらが、しっかりとした輪郭を持ち

「愛とはこういうものです」と説明が出来るようになったのだから。

 

ソクラテスの言う愛の定義は、あまりにも理論的すぎると感じる人もいるだろうが、実際にオーディブルを聞いていると他の話とのつながりもあり、納得する部分があまりにも大きかったのだ。

 

そして、ソクラテスの言う通り「愛は行為」であるならば。

 

私はきっと、今まで拙いなりにもしっかりと人を愛する事が出来ていたし、何よりも自分が思っている以上にたくさん愛されていたのであると実感を持つことが出来たのだ。

 

そう思えた時に、どれだけ心が救われた気持ちになったか分からない。

電車に揺られながら、不覚にも涙を流してしまったくらいだ。

心が芯から温まり、不思議な安心感を覚える事が出来たのだ。

 

きっと私は一生この愛の定義を忘れることはないだろう。

そして、私の愛の定義は、このソクラテスの語った定義をなぞってこれから進化していくのだろう。

 

人によってこの定義は変わるものだと思う。

でも、今まであやふやだった自分の定義がはハッキリしたことは、とても大きな意味があった。

 

貴方の愛の定義はなんだろう。

良かったらぜひ、考えてみてほしい。

 

今日の会議はここまで。