脳内会議

考え事が好きな人の頭の中身

期待の重さ

私はかなり自分都合で生きている人間だ。
基本、他人の事は後回しで考える。
「自分がどうしたいのか」
「自分はどうありたいのか」
そんなことしか考えていない。

かと言って、冷たい人間な訳ではない。

目の前の人が物を落とせば、反射的に拾って追いかけるし、
困った様子の人を見かけたら、その人に向かって歩き出す。
(時と場合によって声をかけずにさることもあるが)

そういうことが無意識に出来ることは、私の良い所であるはずだし、優しさの一欠けらで出来ている部分だと思っている。

しかし、かなり自分本位な人間なのだ。

私にはとても大切な人がいる。
家族、友人、恋人。
どれも私の人生には無くてはならない、大切な人達だ。

自分の大切な人達には幸せでいて欲しい、と心から願っている。
もし大切な人達が困っていたり救いを求めていたら、迷わず手を差し伸べるだろう。
それくらいには、大切に思っているのだ。

だけど、どうしても拒絶感を感じてしまうことが一つだけある。

それは「期待を寄せられる」という事だ。

喜んでくれるなら、という気持ちから自発的に何かをするのは好きなのだが
「私の為に○○をしてください」というように期待をされると、アウトなのだ。

その場から全力で走って逃げたくなってしまうほど、無理なのだ。
いくら大切な人であれ、ダメなのだ。

私は私の意志に従って、自分がやりたいようにやる分にはそこそこのポテンシャルを発揮できる。
しかし、期待を寄せられると途端にモチベーションゼロへと切り替わる。

あまりにも差が激しい。

いったいこれはどうしたモノだろうか。

これに似たような事例で「結婚」に関する事も同じように感じていたことがあった。

「結婚した方が良いよ」と言われれば言われるほど「結婚なんてしたくない」という気持ちになってしまう。
「結婚」をしたくないわけではないのだ。
「結婚を強要」されるからしたくなくなるのだ。

やはり私は、どうしようにも
『他者の意志』が介入するのがNGのようだ。


自分は自分。
他人は他人。
自分と他人の間には境界線がある。

その境界線を侵襲されることに強い抵抗感を感じてしまうのだ。

もちろん、自分がその境界線を踏み越えて他人へ接する事も苦手である。

私にとってこの境界線は人と心地よい距離感を保つためにとても大事なモノであり、バリケードの様なモノなのだ。

『この境界線を踏み越えてくるな』と、他者に強要する事は出来ないが、自分自身が気持ちよく過ごすために、自分なりにこの境界線を大切にしていこうと思った。

今日の会議はここまで。